2007年11月25日

御堂山・群馬(2007.11.25)

higashiくんと連絡がとれて急遽、群馬の御堂山に登ることにしました。
地形図の水色は、9/9に歩いた妙義山です。
御堂山.jpg 御堂山断面.jpg

国道254号沿いのA地点、藤井の関所跡です。
この道は昔、下仁田道あるいは信州姫街道といわれていたそうです。
IMG_8475sekisho.jpg

関所跡の横の道を入ると林道になります。
入ってまもなくのB地点の空きスペースに停めました。
ハンターが来て、「麓の方で猪と鹿の猟をするから」と言っていました。撃たれたらたいへん。

淡々と林道を登ります。体温が上がって体が山歩きモードに切り替わります。
C地点のY字分岐までは車で入れるようですが、その先の林道は荒れています。

林道はやがてガレになり、D地点の小滝に着きます。
小滝の右の岩を、トラロープにつかまってよじ登ります。少し危険。
小滝の上から、右写真のじじ岩ばば岩が見えてきました。
IMG_8354kotaki.jpg IMG_8356jijibaba.jpg

小滝から先はイバラの藪になります。夏、ここを越えるのはちょっと厳しそう。
IMG_8360ibara.jpg

E地点の鞍部に着きます。じじ岩ばば岩が形を変えて見えています。
IMG_8362anbu.jpg IMG_8399jijibaba.jpg

鞍部から南に岩稜をたどります。間近に見える岩の上に出ました。
左がばば岩(G地点)、右がじじ岩(F地点)です。写真では小さく見えますが、実物はビックリです。
IMG_8370baba.jpg IMG_8369jiji.jpg

ばば岩の基部の拡大です。
何億年という悠久の時間の中で雨風に浸食されて残ったのでしょう。
地震にも耐え、ずっとこの形でいたのが奇跡のようです。
IMG_8396baba.jpg

G地点から見えた、荒船山の遠景です。右端の断崖が艫岩です。
IMG_8374arafune.jpg

E地点の鞍部に戻り、H地点で御堂山への急登に取付きます。

I地点、御堂山の山頂です。御堂山三等三角点(878.34m)があります。
右は山頂から見えた、妙義山の遠景です。
IMG_8408sanchou.jpg IMG_8402tenbou.jpg

H地点から高石峠に向かいます。
H地点では斜面をトラバースし、やがて尾根に出ます。薄い踏み跡がありました。
J地点では大量の倒木があり、越えるのに苦労しました。
K地点は踏み跡を行くと急斜面のトラバースになって危険です。ピークから尾根に乗るのが安全でしょう。
L地点で高石峠です。道標はありませんが、南へのはっきりした山道がありました。

高石峠から下る途中の山道です。杉の落ち葉が積もってふかふかしています。
大正時代までは妙義へ通じる往還だったのでしょうが、今では歩く人もなく荒れています。
大正時代って、母親の生まれた年代でそれほど昔ではないのですが。
IMG_8418yamamichi.jpg

M地点には古い祠が残っていました。
N地点で水が湧き出していました。進むにつれて水音が増し、沢らしくなっていきます。
O地点で舗装路に出てようやく下界です。P地点には水道施設がありました。

Q地点のT字路、今来た道です。写真左下に石の道標が見えています。
右の写真は石の道標の拡大です。
「向右 中之嶽ヲ経テ妙義町」と読めます。いま降りて来た山道を指しています。
裏面には、「大正十一年一月」と書かれていました。
IMG_8451kado.jpg IMG_8441douhyou.jpg

本宿の町並みです。今でも宿場町の面影を残しています。
IMG_8459motojuku.jpg IMG_8460motojuku.jpg

IMG_8464motojuku.jpg IMG_8465motojuku.jpg

本宿の町中に残されていた、手押しの井戸です。今ではすっかり見なくなってしまいました。
これって、呼び水しないと水が上がってこないんです。懐かしい。
IMG_8467ido.jpg

さまざまな時の流れを感じさせられる山歩きでした。

歩行距離:11.2km
歩行時間:6時間04分
出会った登山者:なし
出会ったハンター:3名、聞こえた銃声:1発


posted by 単身赴任 at 20:33| Comment(5) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
本宿の雰囲気、とても好きな感じです。今度、是非行って見たいです。田舎大好きです。
Posted by bambi at 2007年11月26日 23:05
bambiさま コメントありがとうございます。
科学技術が進歩して、はたして現代人は幸せなのだろうかと思ってしまいます。 山道を歩き峠を越えなければ妙義町へ行けなかった大正時代。しかしそこには、血の通った人間の生活があったような気がするのです。
科学技術は「知」だけで「仁」がないみたい。だから科学技術では「人の幸せとは何か」などとは考えないものなのでしょう。 科学技術の世界でメシを食っている身としては、複雑な心境の今日このごろです。
Posted by 執筆者 at 2007年11月28日 06:33
個人個人で考えると、科学技術の進歩なんて望んでいる人はあまりいないのではないでしょうか?今の技術で十分生きていけますし。現代の日本は従業員の給料が年々上がっていくため、会社を維持するには利益を上げざるを得ないため、新しい技術を開発し続けるしかない。めんどくさい世の中だ・・・。
しかし、科学技術に携わっている人ほど、プライベートはアナログ人間が多いですね。
私は今年勝田マラソン10kmに出ます。今日も10km走ってきました!執筆者さんもどうですか?
Posted by bambi at 2007年11月29日 22:39
bambiさま
科学技術って、放置すれば人の幸福などとは無関係に突っ走る性格がありますね。科学技術利用税みたいな形でブレーキをかけねばならないときが来るのかも。二酸化炭素排出権を外国から買う事態になったのと同じように。
あるいは、「知」一辺倒の科学技術に「仁」を融合させる。言うことだけは簡単ですけど、どうしたらいいかは見当もつかない。山にこもって考えましょう。
年寄りは10kmも走ったら死んでしまいます。山の中を熊の気分で10km歩く。これがいちばんです。
Posted by 執筆者 at 2007年12月01日 05:03
元気そうで何よりです。執筆者様、挑戦することは大切です。折角の機会です、higashiくん(元エキスパートです)と勝田マラソンに参加してみては、またはボランティアとして、コースはいろいろ用意されていますよ。私、マイペースで生活しています。それではまた。higashiにもよろしく。
Posted by 宇野 at 2007年12月06日 23:04
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