2010年03月27日

助川海防城跡〜助川山(10.03.27)

幕末に外国船監視の目的で造られた助川海防城跡から、助川山を回った。
100327助川山.jpg 100327助川山断面.jpg

助川小学校横の、助川城大手門跡。地図はこちら
Img_4758大手門跡.jpg

養正館跡と説明板。悪文の典型だな。読んでちょ。
Img_4771養正館跡.jpg Img_4768養正館説明.jpg

でた〜!尊王攘夷の石碑。水戸藩内紛は強烈で、この文字を見ると頭が痛くなる。
石碑から見た日立市の町と海。
Img_4780尊王攘夷.jpg Img_4778海防城風景.jpg

海防城跡の碑と、本丸館跡。地図はこちら
水戸藩内紛で立てこもった天狗党(尊王攘夷派)が本丸に火を放って退却した。
Img_4783海防城跡.jpg Img_4785本丸館跡.jpg

説明板にあるように、ここが焼け落ちる様子は大佛次郎の「夕顔小路」に詳しい。
Img_4166海防城説明.jpg

天狗党が八溝山へ退却して行った道。入四間を通って大子に通じる往還だった。
Img_4798道.jpg

日立セメントの索道。日本ではここだけ。全長約4kmで、昭和12年から動いている。
Img_4806索道.jpg

助川山の助川三等三角点。山頂は360度の展望。
Img_4829助川山.jpg

高鈴山への道を北に分岐して踏み跡を探したが、ヤブで行き止まり。舗装路を下った。
このあたり一帯は、1991年の山火事で丸焼けになり、その後「助川山市民の森」公園として整備されている。

歩行距離:13.6km


posted by 単身赴任 at 22:41| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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